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図書館報第77号掲載文

2022年3月7日 14時31分

 令和4年3月1日に発行した川之石高校図書館報に、「小さく弱いもの」と題した文章を書きました。

 本を読みながら目頭が熱くなることがよくある。人の優しさや生きる悲しみが感じられる話に涙腺が緩む。特に、幼い子の無垢な優しさや健気さ、悲しみに触れると、涙が止まらない。
 『小さな勇士たち-小児病棟ふれあい日記-』(NHK「こども」プロジェクト)に収められた話の中に、5歳の素平(そへい)さんと司(つかさ)さんとの絆と、二人の「命の輝き」が書かれている。
 素平さんは3歳の時に小児がんを患い、寝たきりの闘病生活となった。そして、頭部にできた腫瘍が視神経を圧迫し目が見えなくなった。それでも周囲の人びとの状況を敏感に察知し、ユーモアにあふれた言葉をかける。一方、司さんは、足を骨折して1か月ほど個室に入院後、素平さんのすぐ隣のベッドに移ってきた。初めての入院で、個室にいたころはギプスをして動けず、しばらく泣いてばかりの毎日が続いた。
 やがて司さんは、目の見えない素平さんに、人が来たことを教えたり、耳で聞いて遊べる言葉遊びに誘ったりするようになった。素平さんは、司さんの優しさに「ありがとう」と応え、心の底から楽しそうな表情で一緒に遊んだ。
 二人の関係は、司さんが素平さんを助けてあげていると思われたが、司さんもまた、素平さんによって助けられ、救われていた。自分よりもはるかに辛く苦しい状況にある友達が懸命に頑張っている― その姿を間近に見ることが司さんを強く、そして優しくさせた。
 残された時間がそう長くはない素平さん。ご家族は、最期まで病院で過ごさせることを決断された。治る気でいる素平さんにとって、治療を続けるということに大きな意味があり、周りの人たちと楽しい言葉を交わすことが、本人には最も幸せなことと考えたからだ。
 ある日、司さんは、取材者に車いすに乗せてもらい、本を持って素平さんに尋ねた。「素平くん、そっちに行っていい?」素平さんは、首に転移した腫瘍がはれてきて、声があまり出なくなっていた。声だけでなく体力が少しずつ落ちて、眠っている時間が長くなってきていた。それでも、かすれ声で、「いいよー。司くん、気をつけてきてねー」と答える。本を読んでもらい、物語の世界に入りこんでいった二人は、登場するうさぎについて楽しく話をした。
 素平さんの6歳の誕生日。司さんは、加熱していないものが食べられない素平さんのために、チョコレートケーキを母親に作ってもらいプレゼントした。ほとんど何も口にできなくなっていた素平さんだったが、ケーキをひと切れ、パクっと食べ、かすかな声で言った。「みんなで分けて食べてね…。みんなで食べるとおいしいから…」。誕生日から11日後、素平さんは眠っている間に静かに息を引き取った。
 いつも周囲に気を配り、日常の小さな出来事の中に楽しみを見つけ、辛い治療に耐えて夢や希望を語った素平さん。そんな素平さんの力になり、喜んでもらうことを健気に考え続けた司さん。素平さんの「命の輝き」は、小さく弱い光であったかもしれない。しかし、司さんの心に届き、彼を大きく成長させた。そして私も、二人に人間として大事なものを教えられ、活力や体の機能が低下し衰弱した状態であっても、「気をつけてきてねー」と友達を気遣う素平さんの優しさと悲しみを思い、泣いた。
 読書には、時間や空間を超えて様々な人物に出会える楽しみと喜びがある。そして、大きなことよりも小さなことの中に、強いものよりも弱いものの中に、より大切なものが包み込まれていると信じる私は、それを確かめるためにも本を読む。