ブログ

卒業式

2026年3月1日 16時18分
校長室より

卒業式の式辞として、次のようなお話をさせていただきました。

ミカン山の小道に野の花が咲き、日ごと春めく今日の佳き日に、多くの御来賓の皆様、保護者の皆様の御臨席を賜り、令和七年度愛媛県立川之石高等学校第七十七回 卒業証書授与式を挙行できますことは、我々教職員一同にとりまして大きな喜びであります。厚くお礼を申し上げます。

さて、ただ今、卒業証書を授与いたしました八十名の皆さん、卒業おめでとうございます。皆さんが本校に入学した令和5年は、本校にとって大きな意味を持つ年となりました。3月に県立学校振興計画が発表され、市内3校が統合されることになったのです。直後の4月に入学式を迎えた皆さんにとって、高校生活は、期待とともに、戸惑いを感じながらのスタートとなったのではないでしょうか。
それでも、入学後、皆さんが、本校での諸活動に臨む姿勢は、とても素晴らしいものでした。1年次に、新型コロナウイルス感染症が5類に変更されると、それまでの我慢を取り戻すように実習や部活動に励みました。中堅年次となった2年次には、110周年記念行事を主力となって成功させました。そして3年次には、体育祭や川高祭を「全ての年次が揃う最後のものになる」との思いを込め、最高に盛り上げてくれました。
私は、皆さんが体現した「川高生の在るべき姿」は、後輩たちに、確実に伝わり、受け継がれていくものと確信しています。それは、この川之石が、「受け継ぐ」ということを、象徴する場所であると感じているからです。

皆さんは、川之石の山々に広がるミカンの段々畑、この段々畑を中心に、過去から受け継がれてきた「南予の農業システム」が、日本農業遺産に認定され、さらに、本校も関わりながら、世界農業遺産を目指していることを御存知でしょうか。
実は、皆さんが親しんでいる段々畑は、昔から同じ姿であったわけではありません。宇和海沿岸は古くからイワシの好漁場として知られ、江戸時代には、人々は漁を営みながら、急な斜面を開墾し、生きる糧となるイモや麦を栽培していました。その後、明治時代にかけて商業経済が発達すると、換金作物であるハゼや桑の栽培に移行。明治期以後には、柑橘の栽培が拡大し、土壌流出を防ぐ石積を設置するなどの工夫により、日本一の柑橘産地へと発展しました。先人たちが、変化を恐れ、現状の作物に固執していたとしたら、今の発展も、美しい風景の広がりも、なかったかもしれません。

「受け継ぐ」とは、単に現状をそのまま保存することではなく、社会や環境の変化に応じて姿を変えながらも、根底にある価値や精神を守り続けることだと言えるのではないでしょうか。統合後も、この川之石の学び舎は、伊方農業学校、川之石高等女学校から本校へと続く、「地元の生徒が地元で学び、夢を実現できる学校」という、その本質を守り続け、皆さんにとっての母校であり続けます。
皆さん、卒業後、何年たっても、いつでもこの母校を訪問してください。後輩、教職員、そしてヒマラヤ杉が、皆さんを心から歓迎します。

最後になりましたが、保護者の皆様におかれましては、本校の教育活動を温かく見守っていただき、多大なる御支援と御協力を賜りましたことに、深く感謝いたしますとともに、大切に育ててこられたお子様が、本日、卒業の日を迎えられましたことに、改めてお喜びを申し上げます。
卒業生の皆さんは、保護者の方や、お世話になった方々に、感謝の気持ちを、しっかりと伝えてください。感謝の気持ちを胸に、新しい世界へと飛躍していく皆さんの、御健康と御活躍を心から願い、式辞といたします。